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| 其の六 |
| 新しいクラブ |
今回は当倶楽部のメンバー様にお願いして投稿していただきました。すばらしい観察力の力作です。
新しいクラブというものはいいものである。なにかこう胸をときめかせ、明るい未来を感じさせるものがある。ドライバーなどはその最たるものだ。あれこれ迷った末に、これぞという1本を手にした瞬間、飛距離が10ヤード以上伸び、スライスやフックが解消され、自分のゴルフスタイルすら変わってしまうような錯覚に陥る。
次回のコンペで、ライバルからせしめた金をクラブ代に当てようなどと夢見ながら、何はさておき練習場に向かうのである。しかし現実はそう甘くはないのだ。
先日、練習場で打っていると、前の打席に一人のオヤジが現れた。年のころは40半ば、いかにもアベレージゴルファーの代表といった感じの風体で、キャディバックとは別になにやら包みを抱えている。
席に着くなり早速包みを開くと、新製品のチタンドライバーが出現した。“飛んで曲がらない”がうたい文句のやつだ。オヤジは丁寧にヘッドのビニールを剥がし、几帳面にもシャフトのシールまでめくりはじめた。しかし、このシールが意外と曲者なのである。経験のある人も多いと思うが、シールの糊がなかなか取れないのだ。シンナーで拭けば一発なのだが、そんなものを持ち歩いているのはラリパッパの中高生ぐらいのもので、健全なゴルファーが持っているわけがない。
おしぼりで拭き取ろうとするが、糊が広がるばかりで一層汚くなっていく。やけになって爪で擦りはじめるが、ふと「そうだ俺はこんなことをしに来たのではない」と我に帰り、糊取りは一旦休止となった。
おニューのクラブを早く試したいのは山々だが、そこはズブの素人ではないオヤジ。ドライバーは脇に置いてサンドウェッジでアプローチから始めた。徐々に番手を上げながらも、気持ちは前に飛ぶボールよりも後のドライバーにある様子。ようやく身体がほぐれたところで待ちに待った新兵器の登場となった。
まずは素振りを2回、3回。打つのかと思わせるがまだ打たない。なかなか勿体をつけるオヤジである。おもむろに、古いドライバーに持ち替えて打ち始めた。飛距離の出ないスライス球である。クラブを変えたくなる気持ちも分からぬでもない。
しかしオヤジは妙に納得顔である。これまでの自分を改めて認識し、今こうして新しいドライバーとともに生まれ変わる瞬間を自ら演出しているかのようである。
古女房を叩きつけるようにバックに放り込み、新しい恋人を優しく引き寄せ『頼むぞ』とささやき、アドレスに入った。
注目の第1打。気持ちは250ヤードの看板。しかしボールは弱々しいスライス。最初はこんなものと余裕の表情のオヤジ。二打目チョロ。三打目、四打目・・・・・。スカ当たりの連発に、見ているこちらも気の毒になってくる。肩で息をし、目にうっすら涙をたたえたオヤジは、ついに観念したかのように椅子に崩れ落ちた。
つい数分前、共に未来を築こうと誓い合った恋人に見事裏切られたオヤジは、おしぼりできれいにフェイスのボールマークを拭き取り、灰皿から剥がしたシールを拾って貼り付けようと試みるが、丸まったシールは元に戻るはずもなく、またそんなことをしても返品がきかないことはオヤジ自身一番よく知っているはずだ。“飛んで曲がらない”のキャッチコピーが涙の向こうに霞んで見える。泣くなオヤジよ。いつかきっとすばらしい出会いがあるはずだ。
使い慣れたクラブを換えるのは本当に難しいものである。運がよければ一発で決まる場合もあるが、深みにはまると、とんでもないことになる。しかし、ゴルファーたるもの、もっと飛ばしたい、もっと正確に、という欲がある以上、新しいクラブの魅力にはなかなか勝てないものだ。
でもその前にオヤジよ、スイングを直した方がいいぞ。